21日、サンボーは今日で最終日。
6時頃起床し、朝の水浴びでフーフーはしゃぐ男性陣をサンボー村の人達は物珍しそうに、そして笑顔で見ていた。マーケットで食事を済ませ、村を出発する時も、家族は最後まで笑顔で見送ってくれた。サンボーの人達は本当に暖かく、子供は純粋で 心が洗われるような時間だった。私はこの村が好きだけれど、きっと住んでみないと分からない不便さが沢山あって、それは教育かもしれないし、医療かもしれない。
プノンペンへ。
プノンペンに入ると景色は一変、ビルなどが建ち並ぶ都会。食事の時間まで、マーケットを散策したりマッサージへ行ったりプノンペンの街を楽しんだ。私はマーケット周辺を歩いていたとき、店前で仕事をほったらかしにして遊んでいる大人を多く見た。自分は最初呑気に、楽しそうだなぁ~程度にしか思ってなかったが、健太郎さんにその世代の人達はちょうどポルポト政権による虐殺で親を亡くした世代であり 幼少時代、親と過ごせなかった為に 働く親の姿を知らないのだと教えてもらった。
親が仕事をサボる一方で子供が物ごいをしている状況に私は不安を感じた。本来は親が働き子供を養うべきであって、その姿を見て子供は成長し、また親となるのに、仕事をほったらかして遊ぶ親を見て育った子供はどのような大人になって行くのだろう。
夜、食事は安定の韓国料理へ。その後ゲストハウスへ戻ってから一室に集まり、翔平さん・健太郎さんからカンボジアについて話を聞く時間を持つことが出来た。翔平さんからはサンボー村の今後について。サンボープレイクックは今後、観光地化に向け村も急激な変化を遂げること、その開発から生まれるもの、そして開発故に失わ れていっていくものがあること。 健太郎さんからはカンボジアの歴史的は背景をポルポト政権時代に絞って説明してもらい、このプノンペンでは想像も出来ないようなおぞましい虐殺が事実として存在し、そしてその傷跡が今もこの国に深く残っていることを説明してもらった。
プノンペンに来て、街の発展ぶりに驚いたが、本当はとても傷ついた街で、一度めちゃくちゃにされた家族や社会を一から建て直すのは本当に難しく、その代償が今後どの様な形となってこの国に残るのかわからない。 始めの頃は 貧しい と感じたサンボーの村も 現金収入こそないものの、家族がいつも一緒にいて、歴史ある建造物と自然が共存しているあの場所は、むしろ 豊か であったのかなと感じた。
数年後、サンボー村は観光地化が進み景色が変わっていて、子供がトゥクトゥクに笑顔で手を振ることは無くなってしまうのだろうか...。 でもそれは現地の人達にとって発達も必要なことなのではないだろうか...。
私はただの外部者だし、たったの2日間では村の暮らしの本当の不便さなんてわからない、答えも出せない。けれど、サンボーの村のことをこれからも忘れないで考えていたい。 改めて、開発というものは本当に難しい問題なんだと感じた。 吉澤仁美
2012年8月25日土曜日
8月20日② / みずき
サンボー2日目。
朝5時に起きて、牛車に乗る 。おじさんが私たちを乗せて牛車をひいてると、隣人の人、片道だけでも20人弱のひとに声をかけられた。
みんなが顔見知りで、常に声をかけ合いながら生活していた。私なんて、隣りの家の人の顔すら思い出せないのに。
笑顔ふりまくと、笑顔で返してくれる。日本でやったら変なやつなんだろうなー。牛車に乗りながら、引っ越しに遭遇。
翔平さんから引っ越しに出くわすことは稀だと聞いていたので大興奮!
しかも手伝えることに!
家の引越しは、村の恒例行事のようなもので、娘が結婚して家庭を築いた時、そのまた孫が家庭を築いた時などに代々行なわれるらしい。つまり、おめでたい行事のひとつ。
その引っ越しに、村の男たちが一丸となって、家を運ぶ姿はたくましかった。
みんなでひとつの大きな大きな家を動かす。
自分の家じゃなくても、力を合わせて担ぐ。
今の世の中、自分の利益にならないことに労力を使わない。隣に住んでるひとの顔すらわからないという日本に比較すると考えられない光景だった。
家を運ぶのに使う木やつるも村で探して来た自前のもの。
機械やクルマを一切使わずにただ汗だくになって力を合わせる。
お母さんや子どもも心配そうに見守る中、男は汗だくになりながら家を担ぐ。なぜかはわからないけど、涙が出そうだった。
学校で途上国について議論すると、大体幸せとは何か、日本は幸福度が低い、途上国は笑顔が素敵だ、とか言われている。
私も途上国の笑顔の理由が知りたいと思ったのがカンボジアに去年訪れたきっかけ。
こっちに来て思ったこと。確かに日本はモノに溢れてて、望めばある程度手に入って、何不自由なく暮らしている人がほとんどだろう。
カンボジアにはモノがない。最近プノンペンやシェムリアップをはじめとした都市はどんどん発展しているけど、一歩街を抜けて村に入ればそこには何もない。
けれど私が思うのは、『何もない=不幸』という方程式は必ずしも成立しない。
むしろ、『何もない=幸せ』というかたちもあると思ってる。
発展と保存についての議論をしても賛否両論。カンボジアは、沢山の国の支援を受け、現在、急速に発展している。きっともう、近々発展途上国ではなくなるだろう。
クメール人の友人と話していて、驚いた一言がある。
『カンボジアは、外国の支援を受け過ぎている。もちろん感謝はしているけど、もっと自分たちの力で、自分たちの国を作りたい。だって、暇そうな人たくさんいるでしょ?』
たしかに!笑
現地人でもこんな風に考えているなら、私たち外国人が外野からかわいそうだ、支援が必要だ、とかとやかく言う必要はないなあ、たくましいなあと自分の中の固定観念が崩れた。結局、日本人のエゴとか価値観でこっちの人を捉えるのはよくないってことね。
クロマー売って来るおばちゃんも、
ワタシカワイソウ、オネエサンカッテクレナキャカエレナイ。
と言って来て、自分でかわいそうだ、って言えるなら大丈夫だろ!と思わずツッコミたくなりました。
つまり、ある程度の人はもう自分自身のチカラで生きていけるのだなあと。むしろ、こっちの人の方がたくましいまである。
日本人とクメール人、無人島に取り残されたら、生き残るのはクメール人だな。
長々と書いて収拾つかなくなりましたが、要するに、カンボジアも日本も一長一短!
無い物ねだりするのはやめて、お互い受け入れればそれでいいじゃないっていうのが、私の結論。
ひとつにする必要はない。
カンボジアだからこそ良いところ。
日本だから素敵なところ。
カンボジア人の笑顔や暖かさも、もちろん大好き。
でも、それと同じくらいの強さで、私は日本が好きだし、日本人であることを誇りに思う。
朝5時に起きて、牛車に乗る 。おじさんが私たちを乗せて牛車をひいてると、隣人の人、片道だけでも20人弱のひとに声をかけられた。
みんなが顔見知りで、常に声をかけ合いながら生活していた。私なんて、隣りの家の人の顔すら思い出せないのに。
笑顔ふりまくと、笑顔で返してくれる。日本でやったら変なやつなんだろうなー。牛車に乗りながら、引っ越しに遭遇。
翔平さんから引っ越しに出くわすことは稀だと聞いていたので大興奮!
しかも手伝えることに!
家の引越しは、村の恒例行事のようなもので、娘が結婚して家庭を築いた時、そのまた孫が家庭を築いた時などに代々行なわれるらしい。つまり、おめでたい行事のひとつ。
その引っ越しに、村の男たちが一丸となって、家を運ぶ姿はたくましかった。
みんなでひとつの大きな大きな家を動かす。
自分の家じゃなくても、力を合わせて担ぐ。
今の世の中、自分の利益にならないことに労力を使わない。隣に住んでるひとの顔すらわからないという日本に比較すると考えられない光景だった。
家を運ぶのに使う木やつるも村で探して来た自前のもの。
機械やクルマを一切使わずにただ汗だくになって力を合わせる。
お母さんや子どもも心配そうに見守る中、男は汗だくになりながら家を担ぐ。なぜかはわからないけど、涙が出そうだった。
学校で途上国について議論すると、大体幸せとは何か、日本は幸福度が低い、途上国は笑顔が素敵だ、とか言われている。
私も途上国の笑顔の理由が知りたいと思ったのがカンボジアに去年訪れたきっかけ。
こっちに来て思ったこと。確かに日本はモノに溢れてて、望めばある程度手に入って、何不自由なく暮らしている人がほとんどだろう。
カンボジアにはモノがない。最近プノンペンやシェムリアップをはじめとした都市はどんどん発展しているけど、一歩街を抜けて村に入ればそこには何もない。
けれど私が思うのは、『何もない=不幸』という方程式は必ずしも成立しない。
むしろ、『何もない=幸せ』というかたちもあると思ってる。
発展と保存についての議論をしても賛否両論。カンボジアは、沢山の国の支援を受け、現在、急速に発展している。きっともう、近々発展途上国ではなくなるだろう。
クメール人の友人と話していて、驚いた一言がある。
『カンボジアは、外国の支援を受け過ぎている。もちろん感謝はしているけど、もっと自分たちの力で、自分たちの国を作りたい。だって、暇そうな人たくさんいるでしょ?』
たしかに!笑
現地人でもこんな風に考えているなら、私たち外国人が外野からかわいそうだ、支援が必要だ、とかとやかく言う必要はないなあ、たくましいなあと自分の中の固定観念が崩れた。結局、日本人のエゴとか価値観でこっちの人を捉えるのはよくないってことね。
クロマー売って来るおばちゃんも、
ワタシカワイソウ、オネエサンカッテクレナキャカエレナイ。
と言って来て、自分でかわいそうだ、って言えるなら大丈夫だろ!と思わずツッコミたくなりました。
つまり、ある程度の人はもう自分自身のチカラで生きていけるのだなあと。むしろ、こっちの人の方がたくましいまである。
日本人とクメール人、無人島に取り残されたら、生き残るのはクメール人だな。
長々と書いて収拾つかなくなりましたが、要するに、カンボジアも日本も一長一短!
無い物ねだりするのはやめて、お互い受け入れればそれでいいじゃないっていうのが、私の結論。
ひとつにする必要はない。
カンボジアだからこそ良いところ。
日本だから素敵なところ。
カンボジア人の笑顔や暖かさも、もちろん大好き。
でも、それと同じくらいの強さで、私は日本が好きだし、日本人であることを誇りに思う。
2012年8月22日水曜日
8月20日 / サンタ
寝坊した。起きたらみんなサンボーの村の引越しに行っていた。
水をかぶって向かってみると村のみんなが おぉー おぉー と叫びながら家を担いでいた。とても楽しそうだった。日本の祭りの神輿のような一体感があって、朝から気持ちがよかった。そのあとは、翔平さんに村の妖精や儀式の話を聞いた。閉鎖的な空間でしか、しきたりや伝統は存在できないという話がとても印象的で、なんでそんなことまで知ってるんだと思った。そのあとは村の子も混じってセパタクローをして、鶏を食べるために殺すところを見せてもらい、自分がたくさんの命の上で生きていることを実感した。とても鶏は美味しかった。そのあと、村の子たちと遺跡を周った。遺跡は幻想的で、植物に呑み込まれていく様子が歴史を感じさせた。そして今日のメインイベントの川泳ぎ。すごい浅かったけれど、みんな橋から飛び込んだ。怖かったけれど最高だった。自分はビビって子供たちとかに笑われてしまった。ビビりを治したいってつくづく思った。村から離れる組と別れたあと、洗濯をして、しのさんがおもしろくて、村の子供たちと紙飛行機で遊んだ。飽きてしまうんじゃないかと思ったけれど、そんなことはなくて、言葉は全然通じないけど、声のトーンとか、ジェスチャーとか、変な英語とかで気持ちを伝えたらみんなわかってくれて、うれしくて、子供たちと一緒に暗くなるまでずっと紙飛行機を飛ばしていた。本当に楽しかった。
夜はご飯を食べて翔平さんが以前お世話になったお宅で大樹がライブをした。大輝は2日連続でライブできてうれしいって喜んでいた。大輝と歌声は、きれいで、力強くて、鳥肌がたった。歌詞もおもしろくて、共感できて、日本に帰ったらiPodにいれて聞きたい。
寝る前に大輝、えぐてぃー、ひとみんと星を見た。変な話や、くだらない話をしていたら夜は更けていった。満天の星空で流れ星を探しながら話すなんてたまらなかった。最後に翔平さんが言っていた村のこれからの話について。私はいままで、どの国も経済が発展して、豊かになって欲しいと思っていたけれど、それだけではないのではないかと思うようになった。食糧不足に苦しむ地域や、不条理なことに従わされている人たちは助けたいと思う。けれど、紙飛行機で楽しそうに遊ぶ子供たちはとても幸せそうだった。人それぞれ幸せは異なるのだから、汚い、お金がないかわいそう。と自分たちの価値観で決めつけてはいけないのだと思った。サンボーの遺跡と村も、今は共存しているけれど、いずれ遺跡が世界遺産になったりしたら、遺跡が村を呑み込んでしまうんじゃないだろうか。遺跡はそれで保護されるけれど、変容を求められる村の人たちはどう思うのだろうか。やはり、生活が便利になってうれしいのだろうか。私はまだ世界のことをなにもしらない。だけど今回の旅の経験をきっかけに、視野が広がって、もっと物事を深く考えられる人間になりたい。
水をかぶって向かってみると村のみんなが おぉー おぉー と叫びながら家を担いでいた。とても楽しそうだった。日本の祭りの神輿のような一体感があって、朝から気持ちがよかった。そのあとは、翔平さんに村の妖精や儀式の話を聞いた。閉鎖的な空間でしか、しきたりや伝統は存在できないという話がとても印象的で、なんでそんなことまで知ってるんだと思った。そのあとは村の子も混じってセパタクローをして、鶏を食べるために殺すところを見せてもらい、自分がたくさんの命の上で生きていることを実感した。とても鶏は美味しかった。そのあと、村の子たちと遺跡を周った。遺跡は幻想的で、植物に呑み込まれていく様子が歴史を感じさせた。そして今日のメインイベントの川泳ぎ。すごい浅かったけれど、みんな橋から飛び込んだ。怖かったけれど最高だった。自分はビビって子供たちとかに笑われてしまった。ビビりを治したいってつくづく思った。村から離れる組と別れたあと、洗濯をして、しのさんがおもしろくて、村の子供たちと紙飛行機で遊んだ。飽きてしまうんじゃないかと思ったけれど、そんなことはなくて、言葉は全然通じないけど、声のトーンとか、ジェスチャーとか、変な英語とかで気持ちを伝えたらみんなわかってくれて、うれしくて、子供たちと一緒に暗くなるまでずっと紙飛行機を飛ばしていた。本当に楽しかった。
夜はご飯を食べて翔平さんが以前お世話になったお宅で大樹がライブをした。大輝は2日連続でライブできてうれしいって喜んでいた。大輝と歌声は、きれいで、力強くて、鳥肌がたった。歌詞もおもしろくて、共感できて、日本に帰ったらiPodにいれて聞きたい。
寝る前に大輝、えぐてぃー、ひとみんと星を見た。変な話や、くだらない話をしていたら夜は更けていった。満天の星空で流れ星を探しながら話すなんてたまらなかった。最後に翔平さんが言っていた村のこれからの話について。私はいままで、どの国も経済が発展して、豊かになって欲しいと思っていたけれど、それだけではないのではないかと思うようになった。食糧不足に苦しむ地域や、不条理なことに従わされている人たちは助けたいと思う。けれど、紙飛行機で楽しそうに遊ぶ子供たちはとても幸せそうだった。人それぞれ幸せは異なるのだから、汚い、お金がないかわいそう。と自分たちの価値観で決めつけてはいけないのだと思った。サンボーの遺跡と村も、今は共存しているけれど、いずれ遺跡が世界遺産になったりしたら、遺跡が村を呑み込んでしまうんじゃないだろうか。遺跡はそれで保護されるけれど、変容を求められる村の人たちはどう思うのだろうか。やはり、生活が便利になってうれしいのだろうか。私はまだ世界のことをなにもしらない。だけど今回の旅の経験をきっかけに、視野が広がって、もっと物事を深く考えられる人間になりたい。
8月19日② / ひとみん
6:00起床
シェムリアップシティホテルを出て、バスとトゥクトゥクを使いサンボー村まで移動。道中、赤土の道の景色は本当に綺麗で、ホームステイ先の家族も優しく、自然に私たちを招き入れてくれた。
サンボープレイクック遺跡群へ。
遺跡は自然と一体となって残っていて彫刻も、細かく刻まれていた。まだまだ解明してない点が多いけれど昔の生活を想像したり、信仰について考えたり。これからもっと進むであろう研究や、この遺跡5年10年後どのような形となって残っていくのかはとても気になった。その後 遺跡のすぐ傍で行なわれていたスマイの授業を見学したが、とにかく子供たちの笑顔が印象的で、先生も生徒も楽しそうに授業をしていた。
村の子供たちは本当に可愛くて笑顔がキラキラしていて、夜に行なわれたライブでは少し恥ずかしそうにしながらも上手に歌を送ってくれた。東京では決して観ることの出来ないような星を皆で眺めている時は心から幸せを感じました。
一つ、遺跡を廻っていたとき、物売りに来た子供たちの服装や持ち物をみて 日本の子供たちと比べてしまい、幸せそうなのに可哀想だと思ってしまった。この可愛い子達にもう少し綺麗な服、新しいバックを与えたい。もうちょっと余裕のある暮らしをしてほしいと思い、勿論デメリットもあるけれど世界遺産を持つ村にして観光客を増やすことも必要なのかなとそのとき思いました。
8月19日 / ひろにー
8月19日
今日はサンボーという村に泊まった。
朝から昨日までお世話になったざシティを旅たち向かう。
行く最中に思ったのは日本の関東平野の田んぼみたいな場所やなと思ったけど何点か違うのを感じた。
思ったのは
/みんな手降って迎えてくれるほど人々が暖かい
/子供が元気に遊んでいる
/道がボロボロ
/全ての民家でやっていることが一緒
みんな暇なんかな。普通ならかわいい子たちやと感じるのが普通やと思う。自分自身はすべての家が同じことをしてて個性のない暮らしになってる。夢があってもなくても
と感じた。
そんな思いとすげえ地面が悪くてけつが痛いから早くつかないかなと思いながら村に到着した。
村に到着後、うんこの多さや動物の多さにビックリした。トイレ一つにしろびっくりする。
トイレに便座がらついてないし、水の流し方も難しい。
自分らがすごい恵まれている環境にいるのがよくわかった
ホームステイ先の家は動物園みたいな場所で、ここで暮らす人がいることに驚いた。
その後遺跡をみんなでみに行き
みんなで水浴びをした。
水あびだって、雨水で体をあらう
なんか、すごい楽しかったし興奮したけど一週間はさすがに無理やと思った。
自分自身、精霊とかの話聞いても心が汚れてるのか全く理解できない。
そんなこんなで初体験なことばっか色々考えさせらながら、夕ご飯を食べた後みんなでライブをした。
すげえ楽しかった。
星も綺麗やったし。
でこんな幸せな時間ないなとはかんじたけど更に深いことを星をみながら考えていた。
それは、自分は今回の旅の目的とその答え合わせについて
○自分自身なにも自分が決めた進路をすすめてない
中学受験、大学受験、大学院全部失敗。原因は
自分自身のウォンツが心から感じとれていない。だから本気になれない。
価値観がぐらぐらしとるからわからないんだろう。自分の価値観を確かめたい。
あとこの旅には自分のやりたいことをきちんとやれてる人が2人もいるから彼らと話して考えかたとかみたい。
これに関してはまだ初日だからよくわからないけど、一つ感じたのは都会が好き。
暇な生活が苦手なんやというのが改めて思った。多分刺激的な生活が大好き。だからもっと刺激的な世界にいこうと思う。
○村の生活と日本みたいな都会ってどっちが幸せなんだろうかについて
この村にきたとき思ったのは当然だけど、ITなんて無関係の世界にいる。
村に来たとき川で楽しそうに遊んでいるこ。学校で一生懸命勉強してるの子、遺跡でお金を稼ごうと頑張る子供たちがかなり印象的だった。
日本の子供達って授業聞いてもなんも反応ないし、お金なんか空からふってくると思ってるこたちもいるし
毎日DSでゲームをしてる日本人とはまったく違う
ここの人たちはみんな必死。ここの子って勉強頑張るとなにがあるかわからないけど授業一生懸命うけてる。夢もってるこ多いんだろな
ただ、子供たちの生活を見るとみんな同じ生活をしてる?こっちの子たちは頑張ってもチャンスが少ないのかな?彼ら自身はどう考えてるんだろ?すごい聞きたい
でも僕は子供たちと話すことをしなかった。自分が昨日子供たちと遺跡で遊んだときお金をとることに必死になってる姿をみて、そういう姿が嫌だったんだろう。
でもこれじゃせっかくきたのに意味ないね。今日は子供たちとも話そうと思う。
夢は何か
学校は楽しいか
何がつらいか
○自分自身の夢について
就職後は、僕自身世界に驚きを与え、世界を変えたい。そして世の中を幸せにしたい。それで自分自身が活躍したいと思い、世界を変えられる可能性のある会社を選んだ
でも可能ではないんだな。この村の人には今は全く関係ない。結局全員かえるのは無理
ITで世界を変えて世の中を幸せにしたいとかだいそれたこと考えてたけど、全ての人を変えることは難しい。しかもITで幸せにすることができるかというと日本の子とムラのことみると実はそうではないみたい。日本人のこより村のこのほうが幸せな顔をしてるこが多い気がした。
ITは生活を便利にするもの。使い方は自由だし、結局幸せかは自分で決める。
自分はもし村にいたら毎日同じ生活を暮らす羽目になるから刺激的な日々はおくれないし、夢を叶えられない。
自分は夢を叶えられるチャンスがある場所にいまいるから頑張ろうと思った。
今日はサンボーという村に泊まった。
朝から昨日までお世話になったざシティを旅たち向かう。
行く最中に思ったのは日本の関東平野の田んぼみたいな場所やなと思ったけど何点か違うのを感じた。
思ったのは
/みんな手降って迎えてくれるほど人々が暖かい
/子供が元気に遊んでいる
/道がボロボロ
/全ての民家でやっていることが一緒
みんな暇なんかな。普通ならかわいい子たちやと感じるのが普通やと思う。自分自身はすべての家が同じことをしてて個性のない暮らしになってる。夢があってもなくても
と感じた。
そんな思いとすげえ地面が悪くてけつが痛いから早くつかないかなと思いながら村に到着した。
村に到着後、うんこの多さや動物の多さにビックリした。トイレ一つにしろびっくりする。
トイレに便座がらついてないし、水の流し方も難しい。
自分らがすごい恵まれている環境にいるのがよくわかった
ホームステイ先の家は動物園みたいな場所で、ここで暮らす人がいることに驚いた。
その後遺跡をみんなでみに行き
みんなで水浴びをした。
水あびだって、雨水で体をあらう
なんか、すごい楽しかったし興奮したけど一週間はさすがに無理やと思った。
自分自身、精霊とかの話聞いても心が汚れてるのか全く理解できない。
そんなこんなで初体験なことばっか色々考えさせらながら、夕ご飯を食べた後みんなでライブをした。
すげえ楽しかった。
星も綺麗やったし。
でこんな幸せな時間ないなとはかんじたけど更に深いことを星をみながら考えていた。
それは、自分は今回の旅の目的とその答え合わせについて
○自分自身なにも自分が決めた進路をすすめてない
中学受験、大学受験、大学院全部失敗。原因は
自分自身のウォンツが心から感じとれていない。だから本気になれない。
価値観がぐらぐらしとるからわからないんだろう。自分の価値観を確かめたい。
あとこの旅には自分のやりたいことをきちんとやれてる人が2人もいるから彼らと話して考えかたとかみたい。
これに関してはまだ初日だからよくわからないけど、一つ感じたのは都会が好き。
暇な生活が苦手なんやというのが改めて思った。多分刺激的な生活が大好き。だからもっと刺激的な世界にいこうと思う。
○村の生活と日本みたいな都会ってどっちが幸せなんだろうかについて
この村にきたとき思ったのは当然だけど、ITなんて無関係の世界にいる。
村に来たとき川で楽しそうに遊んでいるこ。学校で一生懸命勉強してるの子、遺跡でお金を稼ごうと頑張る子供たちがかなり印象的だった。
日本の子供達って授業聞いてもなんも反応ないし、お金なんか空からふってくると思ってるこたちもいるし
毎日DSでゲームをしてる日本人とはまったく違う
ここの人たちはみんな必死。ここの子って勉強頑張るとなにがあるかわからないけど授業一生懸命うけてる。夢もってるこ多いんだろな
ただ、子供たちの生活を見るとみんな同じ生活をしてる?こっちの子たちは頑張ってもチャンスが少ないのかな?彼ら自身はどう考えてるんだろ?すごい聞きたい
でも僕は子供たちと話すことをしなかった。自分が昨日子供たちと遺跡で遊んだときお金をとることに必死になってる姿をみて、そういう姿が嫌だったんだろう。
でもこれじゃせっかくきたのに意味ないね。今日は子供たちとも話そうと思う。
夢は何か
学校は楽しいか
何がつらいか
○自分自身の夢について
就職後は、僕自身世界に驚きを与え、世界を変えたい。そして世の中を幸せにしたい。それで自分自身が活躍したいと思い、世界を変えられる可能性のある会社を選んだ
でも可能ではないんだな。この村の人には今は全く関係ない。結局全員かえるのは無理
ITで世界を変えて世の中を幸せにしたいとかだいそれたこと考えてたけど、全ての人を変えることは難しい。しかもITで幸せにすることができるかというと日本の子とムラのことみると実はそうではないみたい。日本人のこより村のこのほうが幸せな顔をしてるこが多い気がした。
ITは生活を便利にするもの。使い方は自由だし、結局幸せかは自分で決める。
自分はもし村にいたら毎日同じ生活を暮らす羽目になるから刺激的な日々はおくれないし、夢を叶えられない。
自分は夢を叶えられるチャンスがある場所にいまいるから頑張ろうと思った。
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